A.バックラッシュ(逆流、反動)とは、「ジェンダーフリー」という考え方を批判しつつ、逆に「伝統的」とされる男女の図式を強化、あるいは保守する可能性のある思想・運動に対して(主に推進派側から)用いられる言葉です。バックラッシュのパターンを便宜的に2つに分けると、(1)自分や自分の世代が自明視していた価値観の相対化に不安になっている方々と、(2)政治的意図や宗教的意図などから、故意に「ジェンダーフリー」に対するバッシングをし、歪曲したデマを流している方々がいます。前者の方には、「大丈夫、そういう価値観をあなたがもっていることもOK!」と言えるよう、制度的なケアと説得をしっかり行う必要があります。でも、嫌がる人に押し付けることはアウトです。以下の項目では、主に後者についてにご紹介していきますね。
※政治的意図としてよくあがるのは、政府によるメディア規制と教育介入のための口実探しが、宗教的意図としてよくあがるのは「純潔教育」の導入の目論見があるみたい。
※ただ、ラベリングとしても機能するので、論争などにおいてはあまり使わないほうがいいかもしれない。
※それから、(3)として、フェミ叩き、反フェミを楽しんでいる人たちもいたりする(笑)。
A.ジョン・マネーって、今のフェミニズムから言ったらむしろ「えーと、誰?」くらいの勢いじゃないですか? 実際のフェミニストの方数人に聞いてみたけど「誰それ?」って言われた(笑)。むしろこの方の名前、バックラッシュ派の方々のほうが良くご存知のようですね。まず「フェミニズム」と一口に言っても、本当に色々な「フェミニズム」があって、マルクス主義への批判や精神分析への批判、リベラリズムへの批判、植民地主義への批判的文脈から生まれた理論、フェミニズム自体に対する批判から生まれたものもあれば、むしろ女性性を強調してエコロジーへの視点を持つもの、文学を読み解く視点から練られたものもあったりと本当に多種多様。ジェンダーフリー云々は、フェミニズムとの関連で言えば特に上に説明したような言語学や構造主義などの研究蓄積が背景にあったりするし、思想的にはフェミニズムが批判することもあるリベラリズムとの親和性が高い。
現在のジェンダーフリーがジョン・マネーに依拠しているというのは学史的に間違い。ましてやジョン・マネーの実験のひとつが間違っている=ジェンダーフリー(時にはフェミニズム全体!)が間違っている、というのはありえましぇん。この「ジョンマネー=ジェンダーフリー起源説(依拠説)」というのは、「新しい歴史教科書を作る会」の八木さんらが主張している完全なデマ。いくら気に食わない相手を貶めるためとはいえ、勝手に「歴史」を捏造するというのは「伝統」を重んじる保守として絶対タブーの行為では? 教科書は色々あってもいいけどさ、こういう形で会長自ら「新しい歴史」を作るのはちょっとどうかと思うよ。
このほか、まれに「マネーがジェンダーという言葉を使った→マネーの別の実験で間違えがあった→そんなマネーが使ってたんだからジェンダー概念もアヤシイ」みたいなことを言う人がいるけど、何重にも間違っているので注意しよう。マネーの「双子の症例」の間違いが発覚するまでには、全世界のさまざまな本やメディアで彼の説が紹介されて、その中にはフェミニストが書いた本もあったんだ(参照)。ただし、ここで重要なのは、(1)後に失敗だとわかった「双子の症例」と「ジェンダー/セックス」の区分はマネーの議論においてさえ別の文脈で行われており、(2)かつ現在「ジェンダー」という言葉が使われる時、それはマネーが行っていた水準での「ジェンダー/セックス」の区分とは大きく異なり、むしろそれを批判するような形の意味で用いられている。詳しくはこちらの議論やこちらの本などを参照だ!
A. アメリカの性科学者だったジョン・マネーが、《ジェンダー・アイデンティティは、生後の育て方や社会的環境によって決定される》という自分の学説を証明するため、割礼手術のミスでペニスをほぼ失ってしまった双子の少年の一人を《女性》として育てました。ところが少年デイビッド(ブレンダと呼ばれた少年)には《男性》としての性自認があり、後にペニスの再建手術を受ける。マネーの《実験》は失敗したが、マネーはそのことを隠しつつ「双子の症例」として利用していたことが、ミルトン・ダイアモンド氏が行った追跡調査によって明らかになりました。その経緯を記したジョン・コラピント『ブレンダと呼ばれた少年』は、出版元がつぶれたために絶版になっていましたが、最近になって「新しい歴史教科書をつくる会」の八木秀次さんの「解説」と共に扶桑社から復刊され、あとがきにはジェンダーフリーや男女共同参画への悪口(論理的批判ではない)が書かれている。そんでもって絶版の理由を「出版界に不当な圧力がかかっている」なんてテキトーなこと書いてるし(汗)。また、『世界日報』をはじめ、同著をもってジェンダーフリーや男女共同参画を批判する人がいらっしゃるようです。時には同著をもってして「ジェンダーは生物学的に決定される」という議論をするケースもあるようです。
この件に関していくつか指摘します。まず第一に、ジョン・マネー=ジェンダーフリー起源説、或いはジョン・マネー=現代のフェミニズム(例えばジェンダー概念)の理論的基盤説は事実に反します(参照)。と言っても、人によっては「隠している!」と主張するかもしれないから(なんでやねん:汗)、第二点目として、「実は」ジョンマネーが原点だったと主張する八木氏の極めてご都合主義的な解説も、引用の仕方が極めてデタラメ、恣意的で参考にならないことを指摘しておく(参照1、参照2)。一節が一見似てること(本当は全然意味が違うんだけどね)が「依拠」している根拠なのだ、というMMRもビックリレベルのこじつけとかが見れるし、しかもその説明で「大沢氏、船橋氏がマネーの"学説"に依拠していることは既に見たとおりだが」って、いつの間にか既に論破したことになってる。「船橋氏」が依拠しているとされる例は一応出てきたけど、大沢氏に関しては「依拠している」という論拠が一切出てこなかったので、「ちょ、おま、一体いつ「既に見た」んだよww」って叫んじゃった。バッシングには、このように論証なく「既成事実」にしてしまっているものが本当に多いから注意しなきゃ(こういう例もあるし)。
第三に、八木さんは解説では「ジョン・マネーを利用しているジェンダーフリーを批判する」というスタンスを取っており、八木さんの目的はジョン・マネーを批判すること、そしてデイビッドの人権を擁護することにはない。そもそもご本人が性障害者や「人権」のために戦う気は毛頭なさげなことが、以下に紹介する本その他やこの解説からも伺えます。「解説」は本書にほとんど触れず、ジェンダーフリーと男女共同参画を批判するだけの内容。しかもジェンダーフリーや男女共同参画がマネーに「依拠」しているというすっとこどっこいな前提からして間違っているし。マネーがこの「症例」をご都合主義的に利用したことと同様に、同著や「症例」を利用する八木氏のご都合主義も批判されるべきでしょ。また、第四に、この症例から分かるのはあくまで「ジェンダー・アイデンティティの形成には、ジェンダーだけでなく、セックス(生物学的性差)が基盤として、かなりの影響を与えている」ということであり(参照)、ジェンダー(社会的性差)とジェンダー・アイデンティティ(性自認)を混同して議論をしてはいけません。八木さんの解説は、ところどころごちゃ混ぜにして議論をしてしまっているのもまずい。また、この一例をもって性自認の問題について「セックスの優位」を唱えることは、逆方向ではあるがマネーと同じ類の失敗の道を辿りかねないので注意しませう。
この件に関してはWebで読める経緯や解説では、これまで紹介したサイトの他に「ジョン・マネーの正体、実は「アンチ・ジェンダーフリー」派」、「「ブレンダと呼ばれた少年」の政治利用は間違い」というエントリーがとても詳しく、丁寧に説明されています。また、書籍化されたものでは小山エミ「『ブレンダと呼ばれた少年』をめぐるバックラッシュ言説の迷走」が最も詳しく書かれているので、そちらも参考にどうぞ。
A.
平成17年2月16日、『世界日報』が「政府のジェンダー定義は誤り マネー理論崩したM・ダイアモンド博士」という記事を掲載し、ハワイ大学のダイアモンド教授が日本政府の方針や日本のフェミニスト、上野千鶴子さんのことを批判しているかのように伝えました。こちらのサイト(下の方)で読めます。ところがよく読むと、インタビュアーがあることないこと言って「こんなに日本はひどいですよ。どう思います?」と問いかけ、誘導尋問しているように読める。ハテ、なんだろうこの妙なインタビュー、と違和感があったのですが、ダイアンモンド氏の友人がメールと電話やメールで確認したところ、やはり本人の意図とは全く違う記事になっているとのこと。ちょっと引用させていただきます。
先月になって山本記者よりダイアモンド氏にあてて、世界日報社が今度出す単行本にインタビューを転載して良いかどうか問い合わせていて、それに対してダイアモンド氏は「あのインタビューはわたしの主張が捩じ曲げられているので使用しないで欲しい」とはっきりと断っています。そのかわり、もう一度別のインタビューに応じるとしたうえで、今度は前回のような誤解が起きないようにメールを通して筆談でインタビューを受ける、と申し出たところ、山本氏からの連絡は途絶えたようです。また、山本氏はメールで「朝日新聞と東京新聞に載ったコメントで(『世界日報』の内容と全然違うと分かり)読者が混乱している」と泣きついているんですが、ダイアモンド氏は「わたしは常に同じ事を言っているだけで、あなたにも同じ話をしたはずだ、わたしはジェンダーフリーを支持している」※と明確に答えている。
『ブレンダ〜』を利用した八木秀次さんといい『世界日報』といい、学者やジャーナリズムの倫理はどうなってるさコレ。
※「ジェンダーフリー」は和製英語ですが、ダイアモンド氏はその意味を正確に理解して用いているようです。「Basically I do support gender-free ideas.
」上リンク参照。
A.まずは「ミルトン・ダイアモンド教授が「ジェンダーフリー支持」を明言」と「世界日報・山本彰記者によるインチキ取材の手法を暴く」とというエントリーを読んで下さい。『世界日報』の山本彰記者と、インタビューを受けたミルトン・ダイアモンド教授のメールのやりとりを紹介しています。このやりとりはすごいです。特に2つ目のエントリーは、ジェンダーフリーバッシングのソースとして用いられることが本当に多い『世界日報』の取材方針などを考える上で重要なソース。これは到底フェアであるとは思えないよ。これまで説明した通り、日本のフェミニストやジェンダーフリーがジョン・マネーを重要な論拠にしているっていう前提自体すんごいトンデモなデマなんだけど、そんなトンデモ説に信憑性を持たせようとインタビュー相手を騙し、その言質を使って読者を騙し、社会を騙してるわけでしょ。これはさすがに…。
A.えーと、あの、うん。あまり触れない方向で。とりあえず、グーグルで「世界日報とは」と調べるといいと思う。あとは「Wikipedia:世界日報」とか詳しいかな。でも、そこに重点を置くより、「どういう社会が望ましいか」「どうすれば可能か」「その見方は根拠があるか」の話をしましょう。そのことを確認するため、デマをデマであるということを明らかにしたかったので、あえて一度だけ《誰が・どこで・どんな理由でバッシングをしているか》という点に触れました。○○(団体名)《だから》だめだ、というようなことを言うつもりはありませんし、宗教を持っている方もリスペクトしたいと思ってる。思想信条は自由、表現も自由。ただ、それを人に押し付けたり、その背後にデマがあったりするのはアウトだと思います。
※もちろん、バッシングしている人が全員信者だというのは実態と大きく異なります。ある側面では利害が一致することや、メディアとして利用しやすいソースが集中していることも理由に挙げられます。
A. 『ラディカルに語れば・・・』という本での大澤真理発言のことかな。じゃあ、まずそのウワサの本を読んで、それでも分からない場合はこのページの
こちらを読んで、それでも分からない場合はこちらを読むといいと思うよ〜。
A. …という質問をしないために、ここでおさらい。その1。ジェンダーレスとジェンダーフリーは違います。その2。形式的平等ではなく、実質的平等を求めます。以上! えーと、足りない? よく「フェミニストは女を男並みにする思想だ」とか「男女の性差をなくしてひとつの性にするつもりだ」って非難があるけど、現在のフェミニズムは差異の否定ではなく差異の承認に向けて議論を展開している。男も色々、女も色々だから、特定の「らしさ」だけに固定されない選択を、というように。もちろん形式的に男女同数・男女で勝負させたりすることとは違う。むしろ今は、形式的には「男女対等に勝負していることになっている」という問題があるから、実質的に改善していこうよ、ってことなんだけど、なぜ逆の発想になるんだろう。
あと、例えばね、アファーマティブアクションが誤解されるのは、短期的な是正政策だということがあまりに知られていないこともある。なんでもかんでも男女同数にするってことじゃなくて、実質的平等を実現させるための一手段だってことを繰り返しておく。だから、端的にそうなんだ、という認識の上でその是非などを議論しよう。
A.主にこのご両人の居酒屋談義などからですね。ご両人にとっては、矢沢あい『NANA』もSMAPもオカマの存在もまずいらしいですね。新しそうなものがとにかくお嫌いなようで。あと、憲法24条(男女の本質的平等)もなくしたいらしいですよ。ご自分のノスタルジーのために、ずいぶん勝手じゃないかー。
例えばこちらですね。これ、ジェンダーフリーとまったく関係のない例や性教育の話、あるいは性教育とすら関係のない事例やむしろジェンダーフリーやフェミニズムの理念に基づいて改善要求されているものばかりでしょう。文脈不明のものもあるし、思い出話レベルのものもある。しかも、こういう場合に公開するのって、大抵「これはひどい」と思わせられるよう宣伝効果の高い「特にひどい例」を出すよね。それでもこの程度の誤解だらけなんだから、残りのものも怪しいもんです。警察だって、ただ通報があったというだけでは逮捕せず証拠を調べるでしょう。本当に実態があるなら、「3500件もあつまったんだぜ」で威張らないで、ちゃーんと調べておくんなさい。まさか「〈実例〉をご紹介いたします」で終わるつもりじゃないでしょう。そういえば自民党って、URLの「gender」のスペルを「jender」にしちゃうくらいにこの問題に無関心&無知なんだから、実態もへったくれもないでしょう(参照)。
また、この点に関してはいくつもの批判があります。このアンケートの質問項目自体が非常に誘導的なものだという批判。アンケートおよび議員に配られた呼びかけの文書の現物を見ればわかるけど、質問項目や選択項目が非常に誘導的だし、用紙と一緒に「つくる会」の本や「つくる会」会長のシンポジウムの案内などが同封されていたことが分かるでしょ(参照)。「つくる会」自体に特に思うことはないけど、あらかじめバッシング本を配布した上で呼びかけるのは明らかにバイアスがかかってると言わざるを得ないよ。また、そのようにして集められた「3500件」の中にでも、「同性愛をフォローしてくれる発言が現場にあってくれたほうが良い」や「ジェンダーを批判するのは的はずれでは?」あるいは「そのような例はなかった」「むしろ必要」というような、アンケートに批判的なコメントや、あるいはアンケートにそもそも全く関係ないようなコメント(言いたいことだけ書いたようなもの、あるいは無効票のようなもの)も多数存在するにも関わらず、すべて一緒くたに「3500件の実例」などと紹介しちゃってる(参照)。「3500件の回答」と「3500件の実例」じゃあ意味が違うでしょう。そうやって誇張しながら「教育改革ができるのは自民党です」と煽るマッチポンプ。しかも選挙期間中だけこの「実態調査」のページのバナーをトップからはずしていたんだけど、正しいことをしているなら、どうしてはずすんでしょうか? 選挙の争点にされたら、何かやましいことでも? そもそも性教育とジェンダーフリーを混同している点からしておかしいし、政党が「疑わしきは罰せよ」というアクションへとつながっていること自体大きな問題です。
※補足。この件については、以下のエントリーでじっくり検証しました。
また、書籍化されたものでは荻上チキ「政権与党のバックラッシュ」なども参考になると思います。
A.調べたところ、上の「つくる会」会長&名誉会長コンビの居酒屋談義に加え、宗教的な関係も無視できず、また、支持する方には別の本音があるかもしれません。あとは、議員によっては自らの政策実現のため、あえて性教育の問題と混同することで「性」の問題への不安をより煽ってから教育やメディア規制に介入する口実探しになっているという見方もある。
そういえば「進化論偏向は道徳教育にマイナス」でも話題になった中川八洋さんの本『これがジェンダー・フリーの正体だ』にもあることないこと書かれてますけど、ご本人は実際に学校などには取材しておらず、「さまざまな資料から引用しつつ書いた」「高橋史郎教授に確認した」と答えてるんですよね。中川さんにアドバイスしたという「新しい歴史教科書をつくる会」の元副会長である高橋さんもこれまた取材しておらず、「ビデオを見て、知っている」と答えたとのこと。
しかもそのビデオにも、そんな極端事例なかったということが南日本新聞の記事に掲載されたました。責任のたらい回しの結果がコレですよ。ま・じ・で・か!
A.笑い事じゃないけれど、たくさんあるよ。鹿児島県議会は、2003年7月8日に「ジェンダーフリー教育」をしないよう求める陳情を、自民党などの賛成多数で採択しました。で、陳述の内容に事実誤認があったことについて、鹿児島県議会事務局は「陳情の主要な部分に事実誤認があった場合でも採択を取り消す規定はない」とお答えになったそうな。んなアホな。他には、次のようなものがあったかな。
また、面白い意見だけじゃなくて、怪文書が出回ったりと、サンプルは尽きることがありましぇん。
A.いえ、違います。戦わなきゃ現実と! 『ムー』はロマンがあって好きだし、『MMR』も笑えて面白いけど、こっちは単にダーティーで笑えんわい。
A.「マッチポンプ」ってご存知ですか? 自分で火を起こして自分で消す役を買って出ることで不当な利益を得ることですね。自分で誤解を振りまいて、「ほーら、こんなに誤解があるんだからやめときな」って言われてもね。自作自演はやめましょう。ジェンダーだけに、じえんだー。お後がよろしいようで。でも、より分かりやすい言葉を考えることは大事だと思う。ジェンダーフリーって「この記事」に書かれているような経緯で生まれた言葉があるし、ぶっちゃけ、あまり知られてないしね。余談だけど、これだけ起源がはっきりしている言葉って珍しいね。
A.うん、全然いいんじゃないでしょうか。性差平等、とかね。ただ、ゲイやレズビアンやトランスセクシャルやクィアやハードゲイな方々を忘れてもらってはこまるフォーーーーー! (こらこら) 基本は、やっぱ名より実をとることが大事だと思う。形式より実質ね。ただ、この手の問題は、言葉をいれる/なくすってことが象徴的な理念の争いにもつながっているみたいだから、名を変えたら実もなくなっちゃった! みたいなのは注意だよね。特に法律の問題って、名(文面)が重要な面が大きいもの。
※「ジェンダー」「ジェンダーフリー」が必要ではないかという意見をいただいたので補足。
意見その1。単なる「男女平等」では、形式的に平等の取り扱いならそれでいいでしょ、ということになりかねない(上で触れた、形式的平等と実質的平等の話を思い出して欲しい)。日本国憲法に「両性の本質的平等」が明記されて60年近く経つけど、いまだに世論調査などに職場や社会での不公平感が強く反映されるのは、人々の間に男と女は社会における役割が違うという意識がどうしても強いから。「ジェンダー」(社会的性差)は、何が生物学的性差で、何がそうでないものかを真剣に考えることのできる言葉。「ジェンダー」というキーワードを使えば、職場、地域社会、家庭などで「男だから」「女だから」という社会的な性別分業を見直すことが出来るし、制度的なケアも可能になってくる。自民党など、一部で「ジェンダーを使うな」という声があるみたいだけど、いままで行政や企業、研究の場で使ってきたこの言葉を使わなくするのは、現状への対応を遅らせることにもなりかねないし、不当な差別を温存することにもなるんじゃないか、というご意見。
意見その2。「ジェンダー」や「ジェンダーフリー」という言葉は、既に学者や政治家の方だけの「専門用語」ではないし、「男女平等」だと、同性愛者の自分としては後退、あるいは排除された感がある、というご意見。これは結構納得。場所によるけど、ゲイコミュニティなどで根強く支持されている事実もあるみたいだし、「男女平等」では含まれなかった人との関係性や制度について考えることができるからね。
A.いやぁ、いるんですよそれが(汗)。例えば、先ほど紹介したアンケートを引き合いにだすまでもなく、普通にアクセスできるソースでもこの記事とかのように、色々なソースからうかがい知ることが出来る。国政だけじゃなく、地方議員でもかなり多いですよ。自分の地域の政治家のHPなどをちょっと調べてみてはいかがでしょう。信じているというか、わざとっぽい人もいるなぁ。国政でも地方でも、どうやらクリスチャンが結構多いみたいだし。
A. 自民党の「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム」(安倍晋三座長)がまとめた文章などに、「ジェンダー論は性差を否定し、結婚、家族をマイナスイメージでとらえ、文化破壊を含む概念」「言い換え、削除するべきだ」という意見がありましてん。詳しくは、このエントリーで紹介しています。「ジェンダー」って、フェミニズムだけでなく社会学や文学、経済学、法学その他さまざまなジャンルで使われるちゃんとした国際的で学問的な用語だし、女性学だって、学会もあるし厚い学問的蓄積がある。シャドウという概念だって、経済について分析するうえでは欠かせない学問的なタームでしょ。これらの用語を使うなと言うことの方が「文化破壊」だし、例えば「道徳」のためにこれらを使うなってのは、まるで「進化論は道徳に反するから教えるな」って言ってるのと同じでかなり問題アリだと思います。ま、名前だけなら少し変えるのはいいと思うけれど、それで内実をなかったことにまでしちゃうというのはアウト。
それとさ。アファーマティブアクションに対する批判や、共同参画への批判で「働く女性を優遇してない?」というのがあると思う。共同参画は、段階的にバイアスを減らしていく試みだからそういう訴えは必要で、実際そのような意見の方向へと進もうとしている。ただ、自民党の人は、例えば「父親が休業してまで育児する必然性はない」って参画方針を批判しているし、この先どうなるんだろう。
A. ごっ、ごめんよぅ(汗)。グーグルで検索すると、世界日報系や作る会系のまとめサイトしかなくて、「ジェンダーフリーは狂人の思想!」「ジェンフリになると不幸になる!」とかそんなんばっか。デマではなく学術的、理性的な検証をしっかりしたサイトがまったくなかったので、そのデマを消火しちゃんと吟味できるようにしたかったんだ。中の人は「ジェンフリ」について言及しているサイトや発言を数千近く見てきたけど、なんか「ジェンフリって左翼らしいよ? 性差なくすらしいよ」「げ! まじ? フェミニズムきんもーっ☆」でしゅーりょー! みたいな議論があちこちで見られる。日常会話とかだとそれはそれでいいんだけど、政治家がデマとかをベタに信じて、そのレベルで国の方針を決める議論するのはどうかと思うし、その手の議論が「で、どういう社会にしよっか」という話しぬきに、つまりは「当事者」不在のままに進むことはもったいないと思うんだ。そのため、まずデマはまずいからソースを出して論証しつつ、デマを流す人は批判した。
でも、かといってフェミニズム系、「左派」系に極端に偏ってしまうのも意図するところと違うし、個人的にはそちら側に批判もたくさんある。私自身、ジェンダーフリーを推進してきたわけでも、支持しているわけでもなければ、反対に保守的言説を封じるつもりはないし傾聴すべき批判意見もたくさんあると思う。ただ、デマをデマというため、なんか片方を擁護/批判するようになっちゃった面は否めないけど、「無害だ」「ジェンフリ論者になりませう」って主張するつもりはなくて、問題点を含めてどうすればベストかって議論が一番望ましいし、そういう状況を作りたい。だから、ソースを集めるため、web上の議論などを数千以上は見たうえで作ったんだ。
もしまとめ方がアレだと思ったら距離を取って読んでほしい。中の人が「学術的、理性的な検討をしっかりしている」という証拠もないし、保守でも左翼運動家でもフェミニストでもないため内部事情を見落とすというデメリットもあると思う(それぞれの文脈をかなり調べましたが)。「デマやまとめサイトから距離を取った上で、冷静に議論しよう」というのがこのページの趣旨で、「距離を取ろう」という対象にこのサイトにだって含まれるから。
それでもなお、このサイトが、ジェンダーフリーや男女共同参画について語るためのリテラシーを身につける助けになれば幸いです。
A. 月並みだけど、パブリックコメント募集のときとかに、一人ひとりが要望をだすしかないんじゃないかな。例えば、前回の雇用機会均等法に対する意見募集では数百件しか集まらなかったみたい。じゃあ数百人しか雇用機会を是正して欲しいと思っていないかといえば、そうじゃないでしょう。例えば「小泉内閣メールマガジン 第202」とか読むと、「少子化」の問題について1万6000件以上のコメントが集まったらしいけど、それを読むと「保育サービスの充実」「経済的支援の充実」「働き方の見直し」「男女共同参画の推進」「子どもの育つ生活環境づくり」「母子保健、不妊治療への助成」「(親となるべき)若者の自立支援」などが並んでいる。ありゃ、これってテーマこそ「少子化問題」だけど、求めているものって共同参画やいわゆるジェンダーフリーがやろうとしていることに近いじゃんって思った。興味のある人は詳細の書かれたページを読んで欲しい。
ぶっちゃけ、これらをひとつひとつ調べる前は、自民党って安倍さんとか山谷えり子さんとかがジェンダーフリーや共同参画に反対しているから、ジェンダーフリーへのバッシングってやっぱその支持層を反映しているのかな、と思ったんだけど、なんかそうでもないみたい。まあ、小泉さんが都市型層に支持されているということがあって、メルマガの性質の問題かもしれないけど。でも、それだけじゃなかったとしたら、共同参画に反対の人の中には、内容というよりフェミニスト的な語り、サヨク的な語り方(ほら、あの学級委員みたいな)などへの反感が強いのかもしれない。もちろんそれだけで判断するのはちょっとなと思うし、もしかしたら中身を見ると誤解が解けるのかもしれない。そもそも、既に説明したけど「男女共同参画=ジェンダーフリー=フェミニスト」自体が誤解なわけだし。
じゃ、もしそういう支持層があったとして、なんで支持層とはかけ離れたことを言っちゃう政治家がいるのか。例えば、一生懸命バッシングしている人のブログをみると、すごく細かな事例や怪しいソースをいくつも並べ、量とインパクトで圧倒して不安を煽った後、「共同参画反対のファックスを送りましょう!」とか募集したりしてテンプレを共有したりしている。同様に女性アクティビストが対抗して声をあげることもある。逆も然り。これ、アヤシー陰謀論じゃなくって、この調査のためにしばらくフェミ系や保守系のメーリングリストに入って確認したから間違いない(こっそり資料も出せるよ)。もちろんそれだって政治的アクションだから、どちらかがやってもそれ自体が問題とはなかなか言えない。
そうすると、場合によっては世論からかけ離れた極端同士のつばぜり合い、動員合戦になったりする。で、議員さんは必ずしもリテラシーに長けているわけじゃないから、「ネットで数千件のメールが!」「数千のファックスが!」「ネットでこれだけのレスが!」というのをそのまま世論だと思うこともある。まあ意図的に利用している人もいるし、中にはここでは言えない結構きわどいことしている人もいて、ひどいなぁって思う。
ただ、やっぱり差別の是正や環境の改善って、多くの人が求めていると思うんだ。だから、パグリックコメントとか募集してたら、積極的に送るといいと思う。このHPでもたまに紹介してます。それと、もしよかったらこのページにリンクを張ってくれませんか? 出来るだけ多くの人に議論の骨子を知ってほしいし、中には「ゲーム脳」レベルのデマもあるように思うので、誤解を解いて、批判であれ肯定であれまっとうな批判や提案が互いに出来る状態にしたい。
ここまで、読みやすくするために冗談めかした文体を利用したけど、このページはご都合主義で一方的に擁護・批判する目的じゃないし、問題があればこれからちゃんと訂正していきます(もちろん、完全中立なんてウソをつく気もないです)。一部不快な表現があったら、あらかじめ謝っておきます。意見をいただいたら反映させます(炎上目的の書き込みは勘弁ですし、当然ながらいつもネットにいるわけじゃなく、即レスすると逆に荒れることもあるから、丁寧に吟味したい。普段はコメントを削除しないけど、質を保つため今回だけは削除する場合もあるけど、あらかじめご了承ください)。
長文を読んでいただき、ありがとうございました。でも、議論はこれからこれから。全員が当事者だってことを忘れず、どんな社会を人と一緒に生きたいのかを考えながら議論していきませう。