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姜尚中×宮台真司トークセッションファイナルin紀伊国屋ホール
「国家を操舵する意思」 報告者 クランキー
■2004年1月17日土曜日、新宿・紀伊国屋ホールにて「姜尚中、宮台真司トークセッションファイナル――国家を操舵する意思」が行われました。ここでは、その内容を簡単にまとめたものを報告させていただきます。なお、以下の文章は講演会の宮台、姜、両氏の発言を、私クランキー個人の印象で加筆、修正し、まとめたもので、文責は宮台、姜、両氏ではなくクランキーにあることを付しておきます。
■「論壇の第一線で活躍する2人が、この不気味で混沌とした社会の空気を打破するべく、聴衆を挑発する。いま、この社会に身を置きながら、真剣に考えなければならないことは何か?
私たちが国家を操舵していくためには、どうすればいいのか? 2人の果敢なメッセージが、希望を捨てずに現代を生きる人々への指針を提示する!」というパンフレットを入場時にもらいました。いやー実に啓蒙的な文章であります。会場は政治の話題中心の講演会にも関わらず、若い10代20代の人が6割以上で、席も満席に近い状態でありました。
■今回の講演会は「国家を操舵いる意思」ということで、主に政治問題を取り上げて、宮台真司と姜尚中が司会者の質問を交え、交互に答える形でした。
◆日米関係について◆
宮台真司 「私は大学で社会学を教えていますが、伝統的には国家が社会より権力を持つ以上に、社会が国家より権力を持つことが理想です。しかし、今では非常事態だからという理由で国家に大権を与えることが平気で行われています。例えば、日本の通信傍受法でテロ対策法、アメリカのネオコンによる自衛戦争という名のアフガンやイラクへの先制攻撃の肯定など明らかです。まず、ネオコンによる先制攻撃を肯定してしまいますと、対話による講和がなくなってしまいます。そして、降伏ができなくなります。降伏が出来なくなると、戦争は永続化してしまいます。最終的には、戦争が永続すると、戦争の終わりの見通しすらつけることが出来なくなるのです。これは、ネオコン的なマッチポンプであります。
果たして、今までのような日米安保の対米追従しか僕たちの取る方法はないのでしょうか。ネオコン的なマッチポンプを私たちも模倣するしかないのでしょうか。私は日米安保体制の見直しを図る必要があると思います。なぜならば、もはや日本の官僚が国家の権力を最大化するために「安保」を用いるという使われ方しかしていないからです。
21世紀の最大のキーワードは不確定性と正当性にあるといわれています。ここでは、自分たちは力があるので何でもできるという間違いに陥りがちです。社会の不確定とは誰が何をするのか良く分からない社会になるということです。社会学では「正しい」ということと「正当性がある」ということは違います。「正しい」という言葉は、人間は法があればよい、法を逸脱していないから良いという考えに陥りがちです。筋が繋がっている、伝統があるという「正当性がある」のが良いということになります。マックスウェーバーは、はじめてこのつながりを指摘した人でもあります。
もともと、吉田ドクトリンはアメリカ保護の対米追従を回避するための安保であったのに対して、岸内閣は憲法9条さえ守ればよいという、土井たか子なみの馬鹿右翼の論理で、完全対米追従の安保してしまったのです。歴史的にみても、「安保」(憲法9条もそうなのですが)は日本の官僚が国家の権力を最大化するためにしか使われない、対米追従のための、とりあえずのごまかしの言葉ようになっているのです」
司会者 「本当にアメリカは日本にとってパートナーなのか? 本当のパートナーは中国ではないのか?」
姜尚中 「今、日本の国内では大きな変革をしていくための準備が不足しています。宮台さんが指摘したように現在の日米関係は対米追従です。しかし、それだけではありません。コブラティズム理論で国家を政府と企業(民)、労働という3つに分けて考えるとします。日本という国家において、この3つの関係の問題点は企業と政府が結びつきすぎた点です。なぜならば、政府の仕事を政府に委託した場合、委託した企業が私的セクターであれば、人権は無視されます。アメリカは今ではこのことが大きな問題になってますし、今では日本も取り上げられてきています。このように、日本は戦後のアメリカをインプットしてきました。
しかし、湾岸戦争以来、私たちはアメリカの日本に対する抑圧をどのように考えていくのかという時代に来ているのです。なぜならば、今回のイラク派兵によって、55年体制以降、沖縄と内地はリスクや有事法制においてはじめて同じになったからです。このようなことは少なくとも80年代には考えられませんでした。したがって、「戦後」という時代はもはや終わったといっていいでしょう。
「戦前」の日本の戦争の最大の欠点は撤収しなかったことです。もはや、今から、イラク派兵を中止すべきだという議論は建設的ではありません。これからやるべき議論は自衛隊を撤収する条件は何なのかを政府に問い詰めることなのです。宮台さんも言いましたが、戦争や平和ではなく、これから戦争は永続化することとなります。日常が戦争になるのです。テロリストをアメリカがすべて制圧することなどできません。だから、日本はアメリカを永続的パートナーとして、しかし、実態はアメリカの下請けとして生きていくことになるでしょう。自衛隊を出したことはノーリターンなのです。これからはもっと自衛隊を出していかなくてはならなくなるでしょう。自衛隊員が海外にいって死ぬのは当たり前の時代になるのです。
現在、日本は高齢化社会を迎えています。だから、日本の軍隊は高齢化してゆくことになります。サミュエル・ハンチントンが言うような文明間の対立ではなく、これからは文明内の対立が起こるのではないでしょうか。ヨーロッパとアメリカは対立してゆくのではないでしょうか。その中では、日本はヨーロッパとの関係をもっと考えていかなくてはならなくなります。将来、日本の高齢化した軍隊では限界が来るでしょう。おそらく、徴兵制度を日本が導入しないといけなくなる時がくるはずです。そんな将来を考えずに、現在の日本は多くの選択肢があるはずなのに、自らだんだん狭くしているのです。これは日本が、これからもっとミニアメリカ化する予兆ではないでしょうか。そうなれば、ますます日本はアメリカが兵士をイラクから引くまで引くことはできなくなるでしょう」
◆北朝鮮問題について◆
宮台真司 「日朝ピョンヤン宣言における日朝交渉において、北朝鮮は拉致被害者を必ず返すと日本は約束したと主張し、一方で外務省は拉致被害者は必ず返すとは北朝鮮に約束してないと主張して、両者の意見が食い違っていますね。これは政治家の平沢勝栄さんに直接聞いたのですが、当時、川口外相は、拉致被害者を必ず返すと北朝鮮に約束したらしいです。政府が外務省に指示して約束はしていないと主張しているらしいのです。平沢さんは政治家として外務省を信じるしかないから、拉致被害者は必ず返すとは北朝鮮に約束していないと思っているらしいのですけれど(苦笑)」
姜尚中 「もし、今度、北と南で新・朝鮮戦争が起こると200万から300万人の人が死ぬと言われています。このような新朝鮮戦争は必ず避けなければなりません。そのために、私は日朝ピョンヤン宣言を評価します。なぜならば、それが唯一戦争を避けられる担保であるからです。両国とも、ピョンヤン宣言は死文化した、無効化したとは言っていないのです。
私は日朝ピョンヤン宣言の1週間後に川口外務大臣に呼ばれて会いに行きました。私は、大臣の口から衝撃的な言葉を耳にしました。大臣は私に「これから日本の進むべき道はどうしたらよいのでしょう」とおっしゃったのです。私は日本の外交のトップがこれから進むべき道が分からないことに衝撃を受け、大臣にこのように答えました。「リアリズムを回復して欲しい。対話なき圧力は脅しであるし、圧力の無い対話も有効ではありません。まずは、国交を北と回復して、交流の中で対話の機会を生み出すべきです。そして、新しい世代が北と日本のリアリズムを見つけるべきである」と。一方では、北が危険である。だから、日本が武装して先制攻撃という考えがあります。これは他者を、自国を脅かす存在としか考えていない、まったく他者を考えていない意見です」
宮台真司 「21世紀は中国とアメリカの時代です。なぜならば、両方とも自分たちが世界の中心だと思う伝統のある国だからです。その時に日本はどのような行動をするのか。いままでの、アメリカについていけさえすれば、良いことがあるという考えは危険ではないでしょうか」
司会者 「このトークセッションの題にもありますが、なぜ国家を操舵するのか、もし、しなければならないのならどのように操舵していくべきなのでしょうか」
姜尚中 「立憲主義に基づいた近代国家は社会を国家が法律という道具で統制してきました。国家を考えるときには、今までは国家が権力の意志にどのように抵抗するのかが考えられてきました。しかし私は、これからは国家が人の人生にとって重いものではなくなると考えています。
私はずっと、南北統一を主張してきました。なぜ、北と南を統一するのかといえば、統一しないかぎり、北と南の人々が政治的にならざるを得ないからです。人々が好む好まざるに関わらず、個々の自己決定の自由に関して、国家や政治のイデオロギーは覆いかぶさってきます。だから、人々の自己実現のためにも南と北は統一して、国家の意識を薄くしなければなりません。そのように、国家や政治が軽いものであるような社会が一番良いのです。次の世代のためにも、国家の重さやしんどさを軽くことが必要になります。そうでなければ、1部の人たちのための利益が、国益という名の名目で隠されることになります。もし、北と南を統一し、共存が許される時が来れば、国家を避けるのではなく、国家を自らが操舵しなければいけなくなるでしょう。私は後10年で南北統一か、戦争かを知ることが出来ると思っております。朝鮮戦争の時代に生まれて、残された人生を、南北がどうなるのかということを見届けて私は終わりたいと思っているのです」
宮台真司 「国家よりも上にある「EU」や国家の下にある「地方」に権力を分散することによって国家の上も下も多層化してやるのが社会の理想だと私は思います。このような多層化社会が個人の理想を最も実現しやすい社会になるのではないでしょうか。
私たちが急な変化に耐えられるのは変わらないものがあるからなのです。日本も家族や地域社会といったものがありました。しかし、日本では家族や地域といったものは崩壊しつつあります。これからは、すべての単位が空洞化してしまうでしょう。そしたら、社会の急な変化に変わらないものが無くなり、人がついていけなくなって、社会の変化は誰の何のためなのか分からなくなります。
すでに、ヨーロッパでは不安が巻き起こっていますが、一方、アメリカではそのような不安というものはそれほど起こってはいません。なぜならば、アメリカは強力な宗教国家であるからなのです。社会が急に変化しても、宗教というものが一定しているので変化に対応できるのです。
しかし、それだけにアメリカの手法はおかしいところも多いと言えます。例えば、killという英語の単語は、極論ですが、宗教的な殺し合いは許されるという意味をも含んでいますし、murderという単語は、自殺は神の意思と無関係だからO.K! という意味を持っています。このことから、アメリカには実に宗教的な土台があるということができるのです。このような、宗教的なイデオロギーを持ったアメリカに、日本はただ追従するだけでは、将来私たちはグローバリゼーションの中で確実に沈んでゆく日本を見届けるはめになるのではないでしょか。そのために、今、私たちは国家を操舵する意志を持つべきなのです」
以上