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渡部直己講義「1968年の文学から現在へ」 報告者 chiki


1122日、近畿大学東京コミュニティカレッジで渡部直己による講義が行われました。渡部は今年『かくも繊細なる横暴―68年文学論』(講談社)を出版しました。以前雑誌「重力02」が68年特集を組み、糸圭(すが)秀実が68年史論『革命的な、あまりに革命的な』を出すなど、「示し合わせたわけではない」(渡部)にもかかわらず、現在68年を再考することが重要であると主張する流れが現在あります。「1968年の文学から現在へ」と題された講義において渡部は、何故今になって「68年」を語る必要があるのか、その理由から語り始め、「68年」の意義と文学の現状を丁寧に、シャープに、そして時に過激に語ります。以下は、講義の骨子となるであろうと判断した点をまとめたものです。

 

■現代、どうしても耐えがたい現状と言う物があり、それを68年に重ねてみた。

68年は、ドゥルーズ的な意味において「プロセス」(=過程的、訴え…カフカ的に言えば不断な欲望の動き)であり、ノスタルジーで語られると終わってしまうものである。不断である、ということからそれは「同一」なものを形成しないものだ。それはつまり「疎外論批判」のことをさす。

■しかし、ここで注意しなければいけないのは、68年当時のほとんどの連中は「疎外論」でやっていたということだ。疎外論批判として68年を徹底できているのは、私(渡部)の知る限り、糸圭(すが)秀実しかいない。当時「世界の全てを変えるんだ!」と言っていた連中は今はサラリーマンとしてやっているか、コーヒーショップなどで資本主義から抜け出た気になって「ふぅ」とかいいながら村上春樹を読んで喜んでいる。そして「俺は昔は頑張った」…そんなノスタルジーは「68年」とは違う。

■当時流行した「自己批判」という言葉がある。これは68年のベースになっていたものだ。しかし「自己批判」と言ったとき、その場合「自己」というのは否定の対象として実は固まってしまっている。否定すべき自分、そして「自己批判」によって見出されるべき「本当の自分」という疎外論は、反68年的であり、あまりに欺瞞的だ。結局は皆、伸び伸びと転向していたにすぎないのだ。

68年は、表象の組織そのものを問い直すものであった。現在の「面白い小説」は、小説を成り立たせている枠組みというものに疑問を抱かず、与えられた範囲の中で面白くしているに過ぎない。それは結局「偏差値」のようなもので、偏差値50より70の方がいい、といった程度の物。芥川賞も直木賞も、その程度で、数直線的に比較されている。

■偏差値制度は、ある意味で平等である。偏差値3050の間に隠れている絶対的な際と言う物を覆い隠し、数値化するのだから。

しかし、音楽や絵画に偏差値など無い。小説がそのように語られるのは、「小説は表象代理である」というコンセンサスに基づいているからである。そのようなコンセンサスは、近代文学が築いた。68年というのは、それにたいする集中的な疑い、「プロセス」である。

■例えば、小説を支えているものに「描写」がある。「描写」は、一般には「再現するもの」であると言われている。だから1行より2行、2行より3行の描写の方が、より詳しく、対象が浮び上がってくると思われている。

■しかし、一つの物を50行描写したら、それはもはや「再現」ではなくなる。それはもはや「強化」(狂気)である。古井由吉は、稲妻の描写に20行、テニスの3回のラリーに50行つぎ込む(動く物を描写するのは、通常しんどい)。そこには分裂病的な狂気が混じる。そのような描写を、精神病分析として把握するのは実に簡単だ(斉藤某など)。

■古井はひたすら描写する。すると、それは再現というものでは還元できなくなってくる。例えば「杳子」という小説では、20メートルのがけの上から主人公が杳子を見つめる場面の描写が何十行も続く。ここで、20メートルの高さから見えるはずも無い視線、そして描写されることによってバラバラにされた身体の2つが狂う。このことは、描写の力を開拓したと言える。書くことそのものの可能性、狂気を示したと。(この後渡部は後藤明生、金井美恵子らを例に説明するが、ここでは割愛します)

■では、物語と描写をどう結びつけるか。一般的には、物語が主で、描写はおまけとして考えられている(村上春樹など!)。しかし、本当は逆であり、描写が物語をつくるのだ。

■「S△T(N△F)△D」(渡部がボードに書いた図。S=主体、T=テクスト、N=叙述、F=虚構、D=外部(現実)、△は関与性を表す。)…この図は、小説を非常に単純に図式化した図である。(単純で分かり易いでしょう。しかし、加藤典洋にはわかるまい!)私(渡部)は近畿大学で小説の書き方を教えるときにまず、高校までに学んだ現代文・国語は漢字以外全部忘れろ、と言う。図で言えば、高校生までで教わるのはFまでだ。私は大学2年までにN、そしてNとTの関連まで叩き込む。次にD△、これはある意味社会学的だ。そしてS△、書き手とテクストとの関連、投機の問題を考えていく。さらには△と△の関連も読み取る必要があり、それら全てを行って初めて「読んだ」と言えるのだ。(だから一般的な読書では、4分の1しか読めていない)

■島田雅彦、三田誠広、高橋源一郎の小説のいくつかは、NとFの関係に(良い意味で)齟齬をきたしている物がある。それまでの関与性を組み替え、「表象代行」に「プロセス」したのである。

■例えば小説で回想シーンや夢のシーンが出てきた場合、必ず元の場面に戻る。しかし、これは本当に必要なのか?フランスのヌーヴォー・ロマンが一番徹底的にこのことを突き詰めた。

68年は、日本のヌーヴォー・ロマンと言える。ヌーヴォー・ロマンがしたことは、実はフローベールを徹底して読み直すことだった。つまり、近代小説の歴史の中に常にあった、潜在的にあったものをくみ上げていくことだ。小説と言うのは、「N」だけがそこにあるものである。潜在していた物を汲み上げる…それは機知の内から未知を見出すことだ。

■私(渡部)は、基本的にSFが嫌いだ。SFは未知の物を既知に当てはめることしかしていない。筒井康隆の『虚構船団』に、コンパスのオナニーは出てくる。文房具のコンパスにペニスは無い、したがって未知であるが、コンパスのオナニーなんていう未知は要らない。むしろコンパスを描写することで機知のコンパスで無くすこと、それこそが本当のリアリズムである。

■誤解されるのだが、よりよく描く、というのがリアリズムなのではない。描くことで、未知の部分が露出してくることがリアリズムの力である。筒井は色々書いているが、結局が疎外論の枠組みでリアリズムを裏返しただけで、疑っていない。ガキの前衛で、しかも今誰よりも保守的、誰よりもエバっている。結局リアリズムありきの人に過ぎない。

■私は歴史小説もまた嫌いだ。何故源頼朝が悩んでいた、などの感情が分かる?これもまた、機知の変数として未知を描いているに過ぎない。

金井美恵子が「ベストセラーは読んだ人を安心させるもの、文学は読んだ人を不安にさせるもの」といったことを言っている。文学は、自らの遠近法を崩さなければ読めないものであり、自らの遠近法を崩してまでもみたいものでしょう?

■春樹も一風変わったイメージを書いてるに過ぎない。筋トレと同じで、適度に刺激し、既存のものを強化するだけのものだ。加藤典洋はバカである。そんなものを持ち上げて、しかもメタファーとメトニミーの基本的な違いも分かっていないなんて、ばかげている。筒井、春樹でいいというのならば、文学はいらない。

■ニーチェは「芸術は、我々を最初の位置に連れ戻す」ということを言った。もともと、身体の雑多な衝動の力としてあるリゾーム的なものの、任意の点を組み合わせた物が自我になる。つまり、身体の束が自我を作っているのだが、しかし自我が身体をコントロールしていると勘違いする。それが人間の根本的な転倒である。自我が身体の呼びかけに答えるとき、それはすべて擬答(シミュラークル)である。

■そこには2つの可能性を指摘できる。

@倒錯、つまり衝動のために頭を使うこと。

Aニーチェ的な芸術、つまり始めの衝動に連れ戻すこと。

■ニーチェの言っていることは、欺瞞を暴き、もっと良い欺瞞を作る、もっと良いシミュラークルをつくるということ。「我々に美しきシミュラークルを!…偉大な潤色家たろう」と言っているのだ。それは「感動」でもいい。

■ドゥルーズは、欲望はそれが欲望であること自体が革命的だ、ということを言った。それは、何を欲望しているかまだ分かっていない状態だからである。全ては嘘である、と言ったとき、それはニヒリズムではない。よりよい嘘を、ということである。

■芸術はリゾーム的なところを通る。もちろんリゾーム的なものは、一歩間違えればアナーキズム、テロリズム、分裂病になってしまう。権力というのは、リゾーム的なものは困る。ずっと困ってきた。今は、芸術はその力をなくしている。それは社会のせいか、芸術自身のせいかは分からない。

■この力は、お金に似ている。(と、千円札をだす。「本当は一万円札を出したかったが、さっき糸圭さんにお金を貸したから、これしかない(汗)」)お金の使い道が決まっているとき、それはただ目的のために使われるものでしかない。しかし、決まっていないとき、貨幣は欲望としてある。

■自己批判の話に戻れば、自己批判は反動的なものと結びつかなければならない。そこまで語らなければ、意味が無い。

 

 

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